愛の証明(前編)
○アレルサイド
『いざないのどうくつ』に入ってすぐの石壁を。
『まほうのたま』の起こした大爆発が、一瞬にして吹き飛ばした。
『…………』
その威力に、誰もがただただ耳を塞いだまま、絶句。ルーラーなんて『まほうのたま』が爆発したときの轟音(ごうおん)にびびったのか、「これ、鼓膜が破れかねないんじゃあ……。こんな威力のものを毎回、石壁に張りつくようにして使わせてたなんて、僕はなんてことを……」なんてつぶやきながら、ぶるぶると震えていた。
なんというか、これは本当は『さまようよろい』相手に使うべきアイテムだったんじゃないかと思ってしまう。いや、王様は『いざないのどうくつ』の封印を解くためのものと言っていたから、これが正しい使い方なのだろうけれど。
それでも、
「いまの、爆発系の中級呪文『イオラ』――いえ、下手をしたら上級呪文『イオナズン』並みの威力があったかもしれないわね……」
なんてリザがつぶやくのを聞くと、やっぱりあれは戦闘で使用するほうが賢いんじゃ、と思ってしまうわけで。……アリアハンに戻ったら、王様からもうひとつもらえないかな、『まほうのたま』。
まあ、そんな冗談はともかく。
「――じゃあ、行こうか」
崩れた石壁の向こう側へと、足を踏み出す。しかし、
「待ちなさい」
「待つだよ」
リザとモハレに止められてしまった。そのままリザはずいっと僕に詰め寄ってきて、
「アレル? 旅に同行するのは認めるから、というだけでわたしを置いていったことを帳消しにしようなんて思ってないでしょうね? わたしはまだ納得してないわよ。置いていった理由」
「いや、だからそれは、危険な旅になるから……」
「そんな嘘じゃ騙されないわよ、アレル! じゃあ、なんでクリスさんたちは連れていくことにしたの!? 二人とも、わたしとそれほど実力差ないでしょう!?」
事実だった。
いや、でも僕は『リザに』危険な目に遭ってほしくなかったから、内緒で旅立つことにしたんだけどなぁ。でもそれをそのまま言うのは恥ずかしいわけで……。
というか、てっきりいまの爆発で流れたと思ったんだけどなぁ、その話は。
「おーい。パーティー内に痴情のもつれを持ち込むのはよしとくれよー」
クリスが無気力に、呆れ果てた様子で声をかけてきた。
どうやらここにくるまでずっと「どうして置いていったの! アレルのバカバカ!(リザ、泣きながら僕の胸をポカポカ)」「ごめん。リザ、本当にごめん(僕、困り果てながらリザの頭をなでなで)」なんて光景を見ていてせいで、すっかり脱力してしまったようだ。『まほうのたま』を使ったときには気力が戻っていたようだったけれど、再びリザが「どうしてわたしを置いていったのか」と詰問してきたことで、クリスはすっかり無気力状態がぶり返してしまったらしい。「よくこんな痴話喧嘩(ちわげんか)している二人で『さまようよろい』を倒せたもんだねぇ……」とかつぶやいているし。
『さまようよろい』を倒したそのあと。
満身創痍(まんしんそうい)だった僕たちは、モハレがスライムなどから盗んだという大量の『やくそう』を使って、傷を癒した。
その際に一度レーベかアリアハンまで戻って、しっかり身体を休めてから『いざないのどうくつ』に向かったほうがいいんじゃないか、と提案したのだけれど、それはモハレの「せっかく使った『やくそう』がもったいないべ!」という主張と、リザの「レーベまでならともかく、いまさらアリアハンに戻るなんてできないでしょ、合わせる顔がなくて。――もしかしてアレル、まだわたしをアリアハンに置いていくつもりなの!?」という正論&涙ぐみながらの糾弾によって却下された。
誤解のないように言わせてもらうけれど、僕にはもうリザを置いていくつもりはない。彼女が居なければ僕たちは『さまようよろい』に負けていただろうし、僕自身、やっぱりリザには精神的に依存している部分が大きいしで、つまり、戦力的にも僕の心情的にも、今後、彼女はこのパーティーに必要だと、あの戦闘を通して痛感されられたのだ。……僕に必要だ、と言わないのは、せめてもの抵抗ということで。まあ、なにに抵抗しているのかは、いまひとつよくわからないけれど。
だからアリアハンに戻ろうと提案したのは、ルイーダさんに僕たちとリザが無事合流できたことを伝えた方がいいのではないかと思ったからのことであり、そこには本当に他意はない。
しかし、それを口に出して言ってはいないからなのか、リザの嘆き――いまや怒りに変わっている――は止まらない。
「大体アレルは昔っからそう! なんでもひとりで抱え込んで! もっとわたしを頼ってよ! それともわたしはそんなに頼りにならないの!? ねえ!?」
リザは僕の服の襟元を掴んで揺さぶってきた。……ああ、確かにこれは痴情のもつれ云々言われても文句言えないかもしれない。
「置いていったことは悪かったよ。本当にごめん」
恥ずかしいけれど、いまはそう返すしかない。クリスとルーラーの視線の生温かさがまた一段上がった気がしたけれど。それでも……。
「リザが頼りにならないってわけでもない。ただ僕は、その……」
そこから先の言葉が続かない。うう……、リザのことは幼馴染みなんだから、当然、相応に大切に思っているのだけれど、毎日のように顔を合わせていたからこそ、改まって『大切に思っているリザだから、危険な旅には同行させたくなかったんだ』と言葉にするのが恥ずかしいわけで。
そんなわけでしばし、口ごもっていると、
「――あ、もしかして、わたしに傷ついてほしくなかったの? 他の人はともかく、『アレルの大切なわたし』にだけは、危険な目に遭ってほしくなかった?」
リザがニヤニヤしながら、先回りして尋ねてきた。僕はそれに顔を赤くしながらも、無言で首を縦に振る。すると彼女は少しだけキョトンとしてから、今度はニマ〜っという表現がピッタリ合う表情になり、なぜか赤い顔で僕の背中をバシバシと叩いてきた。……ちょっと痛い。
「なぁ〜んだ。だったらそう言ってくれればいいのに〜。アレルったら、相変わらず恥ずかしがりやさんなんだから〜♪」
なんか、すごく上機嫌なリザ。……ああ、クリスとルーラーの視線がちょっと、なんというか……。
あれ? そういえばモハレはなにをしているんだろう、と僕が彼のほうに目をやろうとすると、それまでバシバシと僕の背中を叩いていたリザが急に真剣な表情になって、「でもね」と続けてきた。
「アレルがそう思ってくれるのは、確かに嬉しくもあるけど、わたしにとってはアレルに置いていかれるほうがよっぽど傷つくの。肉体的にじゃなくて、精神的に、ね。それだけは、覚えておいてね」
「――うん」
僕もまた、真剣な表情でうなずく。いまの言葉で、僕に追いつくまでのリザがどれだけ辛い思いをしたのかが、どれだけぼくの身を案じてくれていたのかが、伝わってきた気がしたから。
そうしてから改めてモハレの姿を探す。彼も洞窟の最深部へと向かおうとした僕を止めたのだから、なにか言いたいことがあるのだろう。……と思ったのだけれど。
「モハレ、なにやってるの……?」
彼は石壁の崩れた先の床にぺたりと座り込み、なにやら爪を立てていた。
モハレは『さまようよろい』を倒したあと、僕とクリスを見て短く悲鳴を漏らした。僕はよく覚えていなかったのだけれど、なんでも彼、アリアハンの貧民街で僕の財布をスッた少年だったらしい。モハレ、あのときクリスにボコボコにされたもんなぁ、なかなか財布を出さなかったから。彼からすれば、軽くトラウマものの出来事だったらしい。
で、アリアハンの王城の地下にあった牢屋でリザはバコタという盗賊に頼まれ、彼女はその足で貧民街へ。クリスによってあちこちに打撲を負っていたモハレに回復呪文をかけてやり、一緒に旅をすることに。そして、いまに至るというわけだ。
『いざないのどうくつ』に向かい始めたばかりのモハレはもう、僕から見ても可哀相になるくらい、クリスにびびっていた。しかし、何度かモンスターと戦闘になった際、僕はリザを背にして戦うことが多かったからか、必然的にクリスはモハレをかばうように動き、結果としてモハレのクリスに対する恐怖感はだいぶ和らいだようだ。まあ、クリスが大声を出したりすると、いまだにビクッとはするようだけれど。
で、そんな彼は、僕からはなにをしているのかさっぱりわからない行動を続け。
「――あっただ!」
床の一部が横にスライドし、浅く狭い空洞の部分が覗いた。そしてそこから姿を現したのは、一枚の黄ばんだ紙と一枚の巻物。モハレがその二つを手にし、紙のほうに目をやる。そうして「なになに」と、ためらいなく紙に書いてある内容を読み上げた。
「――これを読んでいるということは、あなたはアリアハン王に『まほうのたま』を託され、魔王バラモスを倒す旅をしているのでしょう。私たちはそれが勇者オルテガの息子、アレルであることを願ってやみません。
私たちは、かつてオルテガと共に旅をした者たちです。そして、ネクロゴンド大陸に辿り着く前に、パーティーから離れた者たちでもあります。なぜ離れたのかといいますと、オルテガがバラモスを倒せなかったときのことを考えたからです。もしオルテガが敗れるというのなら、バラモスを倒せるのは彼の息子以外には存在し得ないでしょう。
そう思い、私たちはアリアハンへと戻り、ここにある『旅の扉』に封印を施し、その封印を破壊するための『まほうのたま』を作りました。いつか逞しく成長し、バラモスを倒すために旅立つであろうオルテガの息子、アレルに渡してほしいとアリアハン王に頼んで。
もっとも、それはただの言い訳なのでしょう。私たちがオルテガの元を去ったのには、もうひとつ理由があるのですから。というのも、オルテガと旅をしていたとき、私たちは子供を授かりました。そして、それを知ったオルテガが私たちに当時使っていた地図を渡し、パーティーから抜け、どこかで子供と一緒に三人で暮らしたほうがいいと言ってくれたのです。
私たちもまた、そう思っていたため、結果としてパーティーから離れ、彼の故郷であるというアリアハンを目指しました。
途中立ち寄ったレーベでその子を産み、数ヶ月ほど私たちは穏やかに暮らしていました。しかし、ひとりバラモスとの戦いに身を投じたオルテガのことを案じない日などあるはずもなく、私たちはその子が産まれてから1年ほどが経ったある日、アリアハンにある『ルイーダの酒場』の女主人に愛する我が子を預け、その1年の間に作っておいた『まほうのたま』を、前述した通りアリアハン王に渡し、ここ、『いざないのどうくつ』に『封印の呪法(じゅほう)』を施(ほどこ)しました。
すべては、これから再びオルテガと合流するためです。バラモスが倒されたという報せはアリアハンに届いておらず、ならば彼はまだ打倒バラモスの旅を続けているということになります。それなら、せめて合流し、力になりたいのです。
実の娘を放ってまでやることなのかと責められる覚悟は出来ています。ただ、そう責められてもなお、私たちは最愛の娘をそばに置いておくことは選べませんでした。なぜなら、『最愛の娘』だからです。それ以外の理由などありません。
私たちのもっとも愛しい我が子に、争いと血にまみれた道を歩ませたくはなかったのです。たとえ私たちのその選択を知ったとき、娘が私たちのことを恨んだとしても。
この手紙を読んでいるのがオルテガの息子ではないとすれば、誰とも知らぬあなたに長々と私事(わたくしごと)を語ってしまい、申し訳ありませんでした。本来なら私たちは、ただ『この手紙と一緒に隠してあるオルテガの使っていた地図を託す』とだけ書けばよかったのですから。
しかし、勇者と呼ばれた者と共に旅した者であっても、ときに心を強く保てず、誰とも知らぬ者に心情を吐露(とろ)したくなるときがあるのです。弱音を吐きたくなるときがあるのです。娘と永遠に袂(たもと)を分かったいまだから、なおのこと。どうか、そのあたりはお察しください。
そして、もしこれを読んでいるのがアレルであるならば。どうか私たちの娘、リザだけはアリアハンで穏やかに暮らさせてやってください。もし打倒バラモスの旅に同行しようとしても、平和な世界に――アリアハンに留まるよう、説得してください。
私は祖母、バーバラのように豪胆(ごうたん)にはなれそうにありません。その旅の最中(さなか)に娘が命を落とすのでは、と想像しただけで身が凍るような心持ちになります。
最後に、これを読んでくれているであろうオルテガの息子、アレルがよき仲間に恵まれるよう、祝福を。
そして、できることならばこの手紙を私たちの愛娘、リザに届けてください。この手紙はあなたと私たちを繋ぐ唯一の絆であり、私たちがあなたを偽りなく愛していたのだという、確かな証なのだ、と言って。
リザ。私たちの愛する娘よ。
どうか、あなたに永久(とわ)の安寧(あんねい)を。
ボルグ&ローザ」
――っ……!
これは、リザの本当の両親からの手紙……。
こんなところにあることに、まず驚いた。そりゃ、『まほうのたま』を作ったのは一体誰なのかと疑問に思わないではなかったけれど、だからって、そこからリザの両親の存在を連想するのは、いくらなんでも不可能だろう。
そして、それよりもずっと、ずっと大事で、僕の心を揺さぶった後半の文章。それは僕の一番最初の選択を肯定してくれているものであり、いまの僕の行動を否定するもの。
最初に動いたのは、リザだった。こんな重い内容だとは思っていなかったからなのか、固まってしまっているモハレに近づき、
「――モハレ。その手紙と地図、渡してもらえる? それはわたしとアレルが持っているべきものだと思うから」
「あ、そうだべな。でも――」
「いいから」
明るい声のままモハレの言葉を遮り、リザはこちらを向いた。
「まず、これだけ。――アレルはちゃんと『わたしを置いていく』っていう、わたしの両親の望む選択をしたんだからね。いまはわたしが勝手に追いかけてきて、旅に同行したってだけ」
サラッと言って、更なる地下に続いている階段へと向かう彼女。僕の横を抜けるときに「これはオルテガさんの使っていた地図なんだから、会ってちゃんと返さないとね」と地図を手渡してくれる。同じ歳である場合、女性のほうが精神年齢が高いというのは本当だな、と心の底から思った。そして、リザは本当に強いな、とも。
「――じゃあ、行きましょうか!」
「……って、なんでリザが仕切ってるのさ!」
笑顔でそう突っ込み、僕は先頭に立って階段を下りた。さっきまでの、罪悪感ともつかない感情の大部分を意識的に振り払い、リザの両親がそうしたように、僕もまた、彼女の両親に責められることを覚悟して。
――それからしばらくのときが経ち。
リザの両親に会い、責められ、僕は激しく後悔することになる。なぜあのとき、ちゃんとリザを突き放さなかったのか、と。
いや、正確にはリザの両親に会うよりも前に、なのだけれど、自覚したのがそのときだったのだから、やっぱり本当の意味で後悔に襲われたのは、間違いなくそのときなのだろう。
そう。嫌われてしまっても、憎まれてしまってもよかった。すべてが遅くなってからその人を愛していたのだと思い知る、そんな苦しみに襲われることに比べれば――。
○リザサイド
――参った……。
いや、別にあの手紙の内容に参ったわけではない。確かに思うことは色々とあったけれど、それでもわたしの『アレルについていく』という意志は覆せるものではなかったから。というか、わたしの本当の両親も、究極のところ、わたしよりもオルテガさんを優先したのだ。なら、わたしが両親の願いよりも自分の意志を優先したところで、文句を言われる筋合いはないだろう。
もちろん両親の想いが分からなかったわけじゃない。わたしに平穏な毎日を送ってほしいと願ってくれたことが――わたしを母さんに預けたのは、わたしのことをちゃんと考えてくれたからこそなんだ、ということが理解できないわけじゃない。ただ、顔も声も記憶にない両親よりもアレルのほうがわたしにとっては大切だったというだけで。
両親の願いを裏切る代わりに、両親を恨むこともしない。わたしは自分でも驚くほど短時間でそう結論を出していた。だって、母さんに預けられていなかったら、アレルとも出会えていなかったかもしれないのだから。
そう、アレルだ。結局のところ、わたしの存在理由、存在意義はすべて、アレルが占めているらしい。正直、ここまではっきりと自覚したのは初めてだった。それに気づけたこと、アレルに出会えたことは両親に感謝してあげなくもない。
……まあ、とは言っても、両親と会えたときには文句のひとつくらい、言うつもりでいるというのもまた、事実なのだけれど。
ともあれ、だからわたしが参っている理由はあの手紙にではなく、この『いざないのどうくつ』にあった。いや、というよりは、洞窟を進む度に――モンスターに出くわす度に、改めて見せつけられるアレル、クリス、モハレの実力にあった、というべきだろうか。
まず大前提として、わたしは僧侶だ。魔法使いが修得する呪文もいくつか使えるけど、それにしたって魔法力が尽きてしまえば直接攻撃でしか戦闘には参加できなくなることには変わりない。
加えてわたしは非力な女性である上に、現在、素手。本当はレーベに立ち寄った際に『ブロンズナイフ』を買うつもりでいたのだけれど、レーベに入ったところでアレルらしき少年が仲間二人と東――『いざないのどうくつ』方面に向かったと聞き、そのままアレルたちと合流した地点まで強行軍でやってきてしまったのだ。
別にまだ魔法力が尽きたというわけではないけれど、それでもこの洞窟をどれだけ進むのかがわからない以上、呪文の使用はできるだけ控えたほうがいいに決まっている。
実際、わたしは回復手段に必ず『ホイミ』ではなくモハレの盗んでくれた『やくそう』を使っているし。というか、それ以外のことが――戦闘に参加すること自体が出来ていないし。
こうなると、本当、自分の役立たず加減がよくわかる。アレルがわたしを置いていったのも、本当はわたしじゃ戦力にならないと判断したからなのではないかと、思わず邪推したくなるほどだ。
それに比べて、まずクリス。
彼女は本当に一流の武闘家だった。もちろん『さまようよろい』と戦ったときにみせた『凍覇絶衝拳』という技がすごいというのもあるけれど、怪我を負った際にまったく怯まないその精神力とか、アレルやモハレ、更には後ろに居るわたしやルーラーにまで注意をちゃんと払っているという、戦う際の姿勢というのが、なによりもすごくて。
次に、これは言うまでもないことだとは思うけど、アレル。
『さまようよろい』との戦闘では、わたしの放った『メラ』を刀身に取り込む、なんて離れ業をやってみせた。先ほど聞いた話では『魔法剣』といって、勇者の血を引く者だけが使うことの出来る特殊な『剣技』なのだという。なんでも旅立つ直前にゼイアスさんから口頭で教わったのだとか。
『魔法剣メラ』はその中ではもっとも簡単な部類に入るらしいけれど、それでも教えてもらってから3日ほどで使いこなせるようになってしまうなんて、やっぱりすごいことだと思う。もちろん、それ相応の努力もしたのだろうけど、それ以上にアレルの才能があって初めて成せる業だろう。
そうそう連発できるものではないからなのか、洞窟に入ってから『魔法剣』はまだ一度も使ってないけれど、それでもやっぱり、アレルは剣技そのものが冴え渡っているし、いざとなったら『メラ』を撃つことだって、『ホイミ』をかけることだってできる。
そして、モハレ。
動きをよく見ていると彼もかなり強かった。武器は『ひのきのぼう』と貧弱だけれど、その貧弱さを補うために、自分の気配をほぼゼロに近いレベルまで消して、背後から不意を突いたり(ついでに、ときどきアイテムを盗んだりもしている)、その素早さを活かしてアレルやクリスと合流、最低でも二対一でモンスターと戦える状況を作り出したりと、少しばかりこずるくも思えるけれど、でも確実で効率のいい戦い方をしている。
当然、モハレは前衛で戦う三人の中ではもっとも怪我を負っていない。まあ、その理由は『怪我をして『やくそう』を使うことになるのがもったいないから』みたいだけれど、それでも彼がすごいという事実は動かないだろう。
――あ、けれど。
「いや〜、わかってはいたけど、やっぱり強いね、皆」
ルーラー。彼はどうなのだろう。
なんでも彼、すべての呪文を修得しており、わたしの持っている『魔法の教則本(きょうそくぼん)』にも載っていない、初級呪文なんかとは比べ物にならない威力を持つ『魔術』というものまで使えるらしいのだけれど、魔法力が極端に少なく、一日に一回しか呪文を使えないらしい。……すごいのか役立たずなのか、判断に迷うところだった。『さまようよろい』との戦闘時に『魔術』を一度使ってしまったとのことで、今日はすでに『魔法力』が尽きているらしく、こうなるとわたし以上の役立たずにも思えてくる。
ちなみにわたし、彼のことはどうも苦手だった。それは別に、同じ『呪文を扱うポジションだから』とかいう理由で危機感を抱いているというわけではなく、
「そういえば、リザ。リザは僧侶なのに魔法使いの呪文も使えるんだよね?」
「え? ええ。なによ、唐突に」
「いや、それってまるで、『ルイーダの酒場』でいきなり賢者を連れていけるようなものだよなぁって思って、ね。もし実際に出来たら冒険が楽になるだろうなぁ。というか、一番最初に王様から『はがねのつるぎ』と『まほうのたま』をもらえるっていうのも反則だよね」
「…………」
意味がわからない。
そう。わたしが彼を苦手としているのは、こういうところがあるからだった。まるで、モンスターのことだけではなく、わたしたちのことまですべて――いま現在のことだけではなく、未来のことまで知っているかのような口ぶり。それが、どこか底知れなかった。怖かった。……そう、『怖い』んだ。わたしはルーラーのことが苦手なんじゃない。場合によっては敵意を向けることも辞さないくらいに、彼に恐怖を抱いている。
「そういえばリザのその衣装って、サークレットがない以外は女賢者のものとまったく同じなんだね。なるほど、『ダーマの神殿』で賢者に転職するための伏線、か」
また意味のわからないことを言っている。アレルはこういう言動になんの不信感も抱かなかったらしいけど、わたしは駄目だ。いちいち彼の言っていることが頭に引っかかってしまう。
せめて自分の中で膨れ上がる恐怖を緩和させようと、ルーラーにもう少し噛み砕いて言ってくれと要求しようとした瞬間。
「ルーラー! なにリザとくっちゃべってんだい! 呪文も直接攻撃もできないんなら、せめて盾になれ! 盾に!」
「ええっ!? やだよ! なんでわざわざ望んで怪我しにいかなきゃいけないのさ!」
「それすらできないのか。ちっ、使えない奴……」
「ちょっ! それかなり傷つくんだよ!? 最近、リアルでも言われたから、本当にへこむんだよ!?」
「知ったこっちゃないよ!」
どうやらクリスもルーラーのことは嫌っているようだった。そういう意味では、彼女とは気の合ういい仲間になれるかもしれない。……それにしても、『リアル』というのはどこのことだろう? そんな町、あったかな……。
と、わたしがそう首を傾げると同時、最前列にいたアレルが足を止めた。
「行き止まりだ……」
「うわ、またかい。しょうがない、引き返そうか」
「そうだね。あーあ、僕の憶えている『いざないのどうくつ』の地図がそのままここにも対応してればよかったのになぁ……」
「そんな狭い範囲を記した地図があるだべか? ルーラー。まあ、なんにせよ戻るべ戻るベ。――アレル、そんなに落ち込むことないだよ。別に行き止まりだったのはアレルのせいじゃないだ」
「当たり前でしょう!」
思わずモハレに突っ込むわたし。というか、ルーラーの発言には誰も突っ込まないのだろうか? どう考えてもおかしいことを言っていると思うのだけれど……。だって、あの発言をそのまま受け取るなら、『いざないのどうくつ』はこの世界に二つあるということに――
「リザ! 危ない!」
狭い通路内に響き渡るアレルの声。けど、危ないって……?
わたしは考え事をしていたために足元にやっていた視線を前に向けた。するとそこには、薄汚れたローブを着た『まほうつかい』の姿――。
「メラッ!」
『まほうつかい』の唱えた『メラ』がわたしに向かって迫りくる!
しかし、それは髪の端を掠めて、周囲の石壁に当たり、はじけて消えた。わたしがなにかをしたわけじゃない。『メラ』が当たらなかったのは――
「リザ、大丈夫!?」
仰向けに転がったわたしの上にいるアレルが大声で尋ねてくる。
きゃ〜! アレルに押し倒されちゃった〜! なんて言ってる場合ではないだろう。わたしは声も出せずに、ただ無言でこくこくとうなずいてみせる。……正直、押し倒された云々と言える余裕なんてなかったのだ。状況も状況だし、そもそもアレルがわたしを押し倒すというのが、緊急時であろうとあまりにもあり得ないことだったから。
アレルは即座に立ち上がり、また、ルーラーを除く全員がわたしをかばうように前に出た。……やっぱり、わたしなんて足手まといでしかないんだな、と胸がチクリと痛む。
モハレが素早く『まほうつかい』の脇を抜ける。
一瞬遅れて、もう一度放たれる『まほうつかい』の『メラ』。それはクリスの行動を牽制するためのものだったに違いない。そして、不意を突く形ではなく『メラ』を使ったのは、明らかに『まほうつかい』のミス。
もちろんのこと、『まほうつかい』は知らなかったのだろう。だからミスと呼ぶのは本当は違うのかもしれない。けれど、事実として『メラ』が放たれたと同時、アレルは剣を抜いて呪文を取り込むべく『メラ』を斬っており、そしてそれは『まほうつかい』の敗北に繋がる。
『メラ』を取り込んだアレルが身を低くして、『まほうつかい』へと駆けた!
そして、爆発! これが『さまようよろい』を倒した『魔法剣メラ』の威力――って、あれ? なにかが違うような……。爆発のエネルギーが『まほうつかい』にまったくといっていいほど届いていない? そして火傷を負ったのはむしろアレルのほう……? いや、そんなことよりも!
「――アレル! 早くそこから動いて!」
通路にへたり込んでしまったアレルに『まほうつかい』が近づき――
「――崩護(ほうご)っ!」
『まほうつかい』がアレルになにかするよりも早く、クリスの両腕と膝が『まほうつかい』の顔面と顎、鳩尾(みぞおち)に突き刺さった!
吹っ飛び、石壁に背中から衝突して昏倒する『まほうつかい』。クリスはそれを見て『武闘家の本領発揮』とでも言わんばかりに、機嫌よさそうに鼻を鳴らした。
「しっかし、また暴発したのかい? アレル」
「……うん。『さまようよろい』と戦ったときに修得できたと思ってたんだけど……。今回はうまく集中できていなかったのかな。――とりあえず、ホ――」
「待ちな。あんたは『メラ』を使うときのために魔法力を温存しておいたほうがいい。――リザ、回復呪文を頼むよ」
「え、でも『やくそう』を使ったほうがいいんじゃないの? わたしだって魔法力は温存しておくに越したことはないんだし……」
「あいにく、『やくそう』じゃ火傷が引くまでに時間がかかるからね。『やくそう』自体、無限にあるわけじゃあないし。それに、自分だけなにも出来ないっていうのは、やっぱり辛いだろ? リザ」
「……あ、うん。それじゃアレル、腕を出して」
裾を捲り上げるアレル。わたしはそこに手をかざして、
「――ホイミ」
少しずつ塞がっていく、アレルの傷。それを見ながら、わたしはクリスに問いかけた。
「ねえ、クリス。わたし、もしかして沈んだ表情してた……?」
「ん? ああ、少しだけ――」
「ものすごい沈んだ表情してただよ、リザ。見ているこっちのほうが心配になったべ」
モハレがわたしとクリスの会話に割り込んできた。……そっか。わたしはそんなに――ん?
「ちょっと、モハレ。一体どこに行っていたのよ?」
考えてみたら『まほうつかい』の脇を抜けたあと、モハレの姿はどこにも見当たらなくなっていた。わたしはてっきり『まほうつかい』の背後に回りこんだのかと思っていたのだけれど。
「ああ、ちょっと宝の匂いがしただべよ。ほらこれ、『聖なるナイフ』だべ」
そう言って、後ろ手に隠していたナイフを見せてくる。
「純銀製だからモンスターにはよく効くだよ。特に『さまようよろい』みたいなアンデッドモンスターには効果絶大だべ! それになにより、高く売れるべ!」
「結局はそれなのね、モハレ」
クスリと笑みを漏らすわたし。しかしモハレは高く売れると言ったそのナイフをわたしに差し出してきた。
「リザ、これ使うだべよ。これでリザも戦えるようになるべ!」
「――モハレ……。でも、あなたは……?」
「オイラには『さまようよろい』から盗んだこれがあるだよ!」
道具袋からモハレが『どうのつるぎ』を取り出した。
「……呆れた。『さまようよろい』からまで盗ってたのね……」
まあ、ある意味、頼もしくもあるけど。
「呆れた、は酷いべよ、リザ。とにかく、これを使えばオイラも、もっと……。…………。もっと……」
剣を振り上げ、そのままよたよたとした足取りになるモハレ。どうやら彼程度の腕力じゃ扱えないものらしい。そのまま振り下ろしはしてみるものの、
「――うわぁっ!?」
ガキンッ! とルーラーのすぐ近くの床に当たり、二人同時に青ざめる。
「…………。オイラ、まだ当分は『ひのきのぼう』でいくことにするだ……」
「そうしたほうがよさそうね……」
わたしがそう同意すると同時、ルーラーが手を軽く挙げて、
「と、いうよりさ。モハレが『聖なるナイフ』を使って、『どうのつるぎ』はリザが使えばいいんじゃない?」
「いや、それは無理だべよ、ルーラー。オイラでもまともに振り回せなかったものをリザが使いこなせるわけないべ」
「え? いや、そんなことないよ。盗賊は身軽さが損なわれるから『どうのつるぎ』を装備できないけど、僧侶は意外と力があるから、問題なく『どうのつるぎ』を使えるんだよ。賢者だったらなおさら、ね」
「ちょっと、やめてよ! まるでわたしが非力じゃない、みたいな言い方! 大体、わたしの腕はモハレよりも細いのよ!?」
「でも装備できるものはできるんだって。試してみれば? 使えたらそれが一番効率いいんだし」
「イヤよ! あ、じゃあ、あなたはどうなの? ルーラー」
「僕は無理。魔法使いは一番非力だから。ちなみにクリスも無理だよ。腕力があるとかないとかの問題じゃなくて、剣を使うと武闘家の技は活かせなくなっちゃうから」
アレルの火傷はとうに治っていたのだけれど、そのまま考え込んでしまうわたしたち。いや、考え込んでいるのはわたしとモハレだけか。まったく、ルーラーは本当にいらないことばかり……。
やがて、最初に口を開いたのはモハレだった。
「――『聖なるナイフ』は、やっぱりリザが使ったほうがいいだよ。オイラには逃げ回りながら攻撃するとか、そういう『技術』があるべ。『どうのつるぎ』はロマリアで売って路銀の足しにすればええだし。――それに、リザがオイラよりも腕力あるというのを見せつけられたりなんかしたら、ちょっとへこむだ……」
いや、それは同時にわたしだってへこむから……。
ルーラーはモハレの言葉を聞いて、やれやれとでも言いたげに嘆息した。
「まあ、全員が納得しているんなら、それでいいけど……。――じゃあ、そろそろ先に進もうか、アレル」
そうしてわたしたちは再び、洞窟の最深部を目指して歩き始めるのだった。わたしはこのパーティーには要らない存在なのかもしれない。そんな不安を抱いたままで――。
――――作者のコメント(自己弁護?)
更新頻度が低くて申し訳ありません、『ドラクエV二次』。それでも書く気はありますし、事実として書いてもいますので、ご容赦いただけると助かります。
さて、今回は『いままでのまとめ』の話となりました。アレルがリザたちの事情を知り、リザがアレルたちの実力を知るエピソード。そして、リザがこのパーティーに本格加入していいのか、と思ってしまう話。まあ、そのあたりは次回、第六話で決着しますが。
今回の見所はリザの両親からの手紙、でしょうかね。
しかしこれは最初、まったくやるつもりはありませんでした。モハレが地図と手紙を見つけ、『せかいちず』を手に入れるというだけのエピソードだったのですよ。それがまさか、手紙の文面があんな内容になろうとは……。
あの地図がオルテガのものだったというのも、リザの両親の手紙の文面を書いている最中に、思いついたがままに決めた設定でしたし、リザの祖母、バーバラのことにもちょっとだけ触れることにもなりましたしね。
……う〜ん、こんなに行き当たりばったりで物語を作っていって、本当にこの先、大丈夫なのでしょうかね(苦笑)。
それと、前回から引き続きバトルシーンも描きましたが、いかがだったでしょうか?
第六話でもバトルがありますので、マンネリ感が出ないように描いていければ、と思っています。ちなみに第六話のバトルは、またしてもボス戦となっております。や、敵の強さ云々ではなく、リザの悩みに決着をつけるためのバトルだからとか、ほぼ全員が全員活躍する戦闘だから、という意味合いで。
では、そろそろサブタイトルの出典を。
今回は『SHI−NO −シノ−』(富士見書房)の第四巻サブタイトルからです。
意味のほうは……っと、それは後編の第六話で、ということで。元々長くなりすぎたから二分割したわけですからね。意味も今回と次回を合わせてこそすんなりと説明できるはずですので。
それでは、今度は『ドラクエV二次』の第六話でお会いできることを祈りつつ。
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